Each Ⅶ

「でも、よくそこまで我を通していられるわね。私だったらもう音を上げてるわ」

「…中途半端って気持ち悪いから」

「言いたいことは分からんでもないけど…。不器用にも程があるでしょ。皆に言うときだって、もっと言い方考えて柔らかく伝えればいいだろうし、叱るときだって、あんな風に厳しくなくたっていいじゃん」

 そう言われるのも仕方ないと思った。

 自分の言い方がキツイことなんてよく知っている。

 上手く言う人は、人をやる気にさせるように、怒らせないようにちゃんと言えるのだろう。

 だが、自分にそんな頭はない。

「私いなかったから知らないんだけど、こないだ一年生がミーティングで五月蠅かった時何て言ったの。ヒナが吃驚したって言ってた」

「聞く気がない奴は今すぐ帰れ。ライブにも出なくていいし部にもいらない」

「そりゃ反感買うわ」

「向こうが悪い。私は悪くない」

「分かるけど…」

 厳しくするのには訳があった。

 三年生のヒロ達は、就活中の四年生が部の運営から手を引いているため、実質部内の最高学年となっている。

 それなのに同級生はろくに後輩を注意したり技術を教えたりすることをせず、なんとなく形だけの部の運営を行っていた。

 ヒロの中では、それが何よりも許せないことだった。

Each Ⅵ

「相変わらずやる気を出してくれないんだ。困ったものだよ」

「まぁ、それはうちも一緒なんだけどさ」

彼女がいる[999]も、バンド内での温度差が問題になっている。

ボーカルであるアケミとドラムのヒナは、外バンを組んでいるためそれなりの技術があるし、熱意もある。

そして、知識や経験も。

他のギター二人は、楽しければそれでいいという部の雰囲気そのままの人間で、ベースはその中間で二組の仲を取り持っている。

「そっちは中間がいるからまだいいよ。こっちは一対四だ」

「まぁねぇ…。私やヒナは諦めてるからいいけど。そっちはお互い譲らないから厄介ね」

「頑固者の集団で申し訳ないね」

「類は友を呼ぶっていうのをよく分からされたから面白いわ」

 他人事だと思って面白がるなと言いたいところだったが、もしも立場が逆だったら同じことを言っていただろうから飲み込んだ。

 それに、音楽や芸術関連に興じる人間は、少なからず変人だと大学の何かの授業で教授が言っていた気がする。

 頑固者が五人揃ったって不思議ではない。

Each Ⅴ

部でのライブを終えて三日ほど経った。

市内にあるチェーン経営のファミレスで、ヒロはある同級生と対面していた。

目の前で頬杖を突きながら、体質のせいでしかない自分の異常な食べっぷりを見ているのは、[999]のボーカル・アケミだ。

彼女は部活ともう一つ、所謂外バンを掛け持ちしているバンド少女だ。

部活の雰囲気にげんなりしている人間の一人でもある。

「アケミは食べないのか? 美味しいよ、ここのパスタとハンバーグ」

「あんたが食べてるとこ見て、十分私はお腹一杯よ」

アケミの方を見れば、彼女はドリンクバーと小さなアイスクリームしか口にしていない。

自分の横を見れば、山積みになった皿と飲み終わったグラスが並んでいる。

いい加減回収に来ないのかここの店員は。

「おかしいな、まだパスタとハンバーグ合わせて五皿しか食べてないぞ」

「普段食べないくせに…。いい加減そのドカ食いやめたほうがいいわ、身体壊すわよ」

「ご忠告どうもありがとう」

聞く気のない忠告に無感情な返事をすれば、諦めたようなため息が聞こえた。

ただでさえ普段異常な食欲を必死にセーブしてストレスが溜まっているというのに、更にストレスがかかったら、食べる以外に解消方法はないだろう。

普段我慢をしているご褒美の様なものだ、大目に見てほしい。

「再来週のライブのこと? それともこの間の部のライブのこと?」

「どっちも」

不機嫌さを露わにして返事をすれば、アケミは大きく溜息を吐いた。

無理もない、彼女をファミレスに呼びつけて昼食を摂りながら愚痴を吐き続けるのはこれで何回目か分かったものじゃない。

だからと言って、申し訳ないと思ったことは最初の一回だけだ。

Each Ⅳ

自分の性格なんて自分が一番よく分かっているつもりだった。

何かに対して冷めた瞬間の見切りは早いが、それまでは真剣に取り組む。

色んな事を一度にこなすことが苦手だから、一つのことに一生懸命になって、残りが大雑把なってしまうという、不器用すぎるくらい不器用な人間だと。

しかも、他人に自分と同じ度合いの熱意を求めてしまうからたちが悪い。

一生懸命やらない人に腹が立つ、真剣にやらないならやらなくていい。

そう言ってメンバーに怒鳴り散らしたことも数知れず。

部の後輩にも言った、なーなーでやるくらいならいてもらわなくていいと。

入部者数が少ないというのにわざわざ追い返すような発言をするなと怒られたが、やる気のない奴がいられることの方がこっちとしてみれば迷惑だ。

部内の調和を乱しているのはよく分かっている。

部の雰囲気に合っていないこともよく分かっている。

それでも自分の考えを曲げられないのは、一言で表現してしまうなら、自己中心的なのだ。

そんなこと、言われるまでもなく分かっていた。

他人に言われなくても自分が重々承知していた。

それが長所ともいえる短所なんだということは。

それでも、物事に一生懸命取り組まないやつらには腹が立った。

特に自分がやっていることに関しては、相手と大喧嘩の大論争を繰り広げるほどに。

Each Ⅲ

「どうかしましたか?」

「いや…なんでもないよ。それより、今度のキーワードライブ。曲は大丈夫そう?」

 毎月あるキーワードを設けて行っている、オーナーの気まぐれが集約されたライブのことだ。

今月は、[ろん]を招待していたのだ。

 それと、彼女たちの次に上手いと鍵谷が注目している同大学の六人組ガールズバンド[999(スリーナイン)]も招待している。

 今回は女性ボーカルのみという縛りを設け、参加者のほとんどが女性に。

 すべては鍵谷の気まぐれでなされたことである。

その話題を振った瞬間、ヒロは顔をしかめさせていた。

 ―――これは、まともに話が進んでいないってことかな。

「…無理やり納得させて曲を決めるところまではなんとか。練習が進んでいるかは知りませんが」

「そう、なら良かった」

 失礼な話だが、そんなに話が進んでいるとは思っていなかった。

 ライブの話を持ちかけたのは、二か月ほど前。

 なんとなく外のライブを味わった方がいいと思い、ヒロを誘ってみたところ、目を輝かせて大喜びしていたのが記憶に新しい。

 ただ、それをメンバーに相談したところ、あまりいい反応を貰えなかったようで、機嫌を損ねていた。

 そこから如何にして参加までに至ったのかは、鍵谷の知るところではないが。

「練習をきちんとこなしていればいいのですが、スタジオ練習できるか不安しかありません。当日リハだけでは正直調整無理です」

「そりゃあね」

 どれだけ上手いバンドでも、当日リハだけで完璧に仕上げると言うのは不可能に近いことだろう。

 アマチュアの学生バンドなら余計に。

 それを分かっているはずなのにスタジオを入れようとしないのは、多分ヒロに対する精一杯の抵抗か反抗か。

「とりあえず、料金と日時はこの間話した通り。何かあったらまた連絡するね」

「はい。今日はありがとうございました」

 礼儀正しく頭を下げて礼を言った彼女を出口まで見送り、自分はホールの片付けを開始。

 正直、あの部の形態とヒロの性格は真逆のものだ。

 残っていても窮屈な思いをして、楽しくないバンドを続けるだけだ。

 だったら退部して外でメンバーを探すのがいいのではないかと思うが、なかなかそれは難しいものがある。

 今時インターネットでメンバー募集の掲示板を運営しているサイトなんていくらでもある。

 ただ、それらのサイトに登録して記事を書いている人間全員が、真剣にバンド活動をしたいと思っているとは限らない。

 出会い目的の輩だってゼロではないし、ヒロと同じような趣味を持ち、熱意を持った人間が、近くにいくらいるかと考えれば、そうそういるものではない。

 メンバーが揃ったとしても、それから性格の不一致や音楽性の違いなど、色々と問題は生じてくる。

 それでまた解散となってしまったら、それはそれでヒロが可哀そうだ。

 今、質はどうであれ一応のメンバーが揃っていることを考えると、一からメンバーを揃え直さないといけない退部をするのには、なかなか勇気がいるだろう。

 どっちにしても、苦労をするのは明白だ。

 ここまで感情移入して考えてしまうのは、ヒロが自分と若干似ているからだろうか。

 胸元で鈍く光る鍵を握り、鼻で笑うと、考えをやめてホールのモップがけを再開した

Each Ⅱ

[ろん]の中では二つの考えが拮抗している。

 

『楽しみつつも真剣に』という考えと、『楽しめたらそれでいい』という考え。

 

 前者はヒロ、後者は残りのメンバー全員。

 そもそもヒロの性格は、この部に向いていないと鍵谷は感じていた。

 二年ほど付き合いをしてきて、話を聞いて分かったこと。

彼女は何事にも一生懸命に取り組むタイプで、あまり手を抜くということを知らない子だ。

 一人暮らしをしながら大学に通い、バイトを二つ掛け持ちし、部活をしているにも関わらず、授業や課題、テストでも手を抜いたりはしたくないと言っていた。

 普通の大学生なら、要領のいい単位の取り方を覚え、他のことに時間をまわすだろうが、彼女はどうもそういうところで要領が悪かった。

 授業に参加し、課題を貰えばそれを真剣にこなす。

 バイトに行き、そこで新しいことを教われば、ものにしようと真剣に取り組む。

 それと同じように、部活でも努力していた。

 前回のライブよりいいものを、と常に前進しようと努力していて、それに比例するように毎度進化を見せつけられる。

 それはいい姿勢なのだが、バンドや部の中では浮いていた。

 バンド内では、彼女と行う練習がハードだという声を聞いた。

 特にドラムのカナは、ヒロの姿勢にかなり反発していた。

 それに便乗して他のメンバーも反発するようになり、ついにヒロはバンド内で孤立していた。

 更に、ヒロの考えは部内でも孤立していた。

 楽しむことに重きを置いているあの部において、ヒロの考え方は異端と取られても無理はない。

 そのため、他の上級生や同級生がヒロの味方をすることはなく、彼女は完全に異端者として認識されてしまった。

 似たような考えを持っている子は何人かいるだろうが、ヒロのように堂々とそれを唱える者はいないだろう。

 そうしてひっそりと、部活としての音楽を楽しめばいいのだ。

 多分、彼女はそれをよく分かっている。

 分かっていながらも、考えややり方を変えようとしないあたりは、芯が強いというのか頑固というべきなのか迷うところだが、彼女は変わることなくこうして努力を続けている。

 そんなヒロに対抗というか反論をしているのか、他のメンバーはろくに練習をしている様子が見られない。

 毎回ライブを見ているが、前回と同じか下手をすれば前回よりも劣っていることもあるほどだ。

 それをよく思っていないヒロは、毎回このように感想を聞いてきては、本人たちに直接言っているらしく、余計にそれで溝が深まってしまっているらしい。

 子供の喧嘩じゃあるまいしとげんなりする鍵谷だが、本人たちの問題に深入りするつもりはない。

 とりあえずはヒロの問いにきちんと答えてやらないと。

「…相変わらずドラムは走りがちだし、ギターはそれにつられていた。けど、ベースの安定感はすごいと思うよ。あれにもっと技術が備わってくれたら言うことないけどなぁ。とは思った」

「…そうですか。分かりました、ありがとうございます」

「ヒロちゃんさ、これを本人たちに言うのはいいんだけど、どうやって言ってる?」

「そのまま、鍵谷さんの言ったことを私なりに言い換えて言っていますが」

「あぁ…そう…」

 当り前だろうと言うように答えたヒロの表情を見て、鍵谷は頭を抱えたくなった。

 というのも、彼女は要領の悪いという不器用さもあるが、人間関係に関しても不器用なところがあった。

 ヒロの発する言葉は、ここまでの鍵谷との会話では礼儀正しいと思うかもしれないが、普段の彼女はもっと辛辣だ。

 思ったことをそのまま発してしまう性格らしく、「それを言ったらおしまいだ」と誰もが思うことを平気で言ってしまうため、人と会話を繋げられない。

 挙句、核心を突くことをはっきりと冷静な口調で言ってしまうため、腹を立てられてしまうこともざらにある。

 結果、周りに友人と呼べるほど親しい人間は、数えられるほどしかいないと言っていた。

 それを彼女は寂しいとか悲しいとかは考えていないらしく、部員や大学での友人に執着している様子はなかった。

 尤も、これは二年間鍵谷がヒロと仲良くしてきて、彼女から聞いた話や彼女とのかかわりで分かったことにすぎない。

 実際の彼女の気持ちや人との付き合い方なんかは、よく分からない。

Each Ⅰ

人には進み方があると思う。  それは進むスピードやルートなど、ペース配分なんかは個人によってかなり違う。  進む道がどんな道だったとしても、一人ひとり何かしらの考えがあって進んでいる。  それが正しいのか間違っているかなんて、誰が決めることでもない。 * * *  本日ライブハウス[chiave]では、常連の大学軽音部がライブを行っている。  この大学の軽音部は、文化部では珍しく男女で部を分けている。  理由は何十年か前の軽音楽部の創設者しか知らないらしく、現在の部員達は全く知らないと言っていた。  ちなみに本日は、女子軽音楽部がライブを行っている。  部員の家族・友人が多く訪れているが、ライブにあまり行ったことのない方が多いのだろう、盛り上がりに欠けるというのが難点だ。  このライブハウスのオーナーである鍵谷は、PA作業に忙しく動き回っていた。  何分、大学生の部活レベルでは、機材に詳しいものなどほぼおらず、PAに関しては完全にこちら任せとなっているのだ。  希望などを細かく詳しく言ってくれる大学もあるし、機材オタクと呼べる部員がいる大学も勿論あるが、今回ライブを行っている大学の女子部員達は、楽しむことに重きを置いているため、機材に興味を持っている者は皆無と言っても過言ではない。  それはそれで鍵谷の好み通りにできるからある意味良いことなのかもしれない。 「本日はお忙しい中ありがとうございました。これにて本日のライブ、終了させて頂きます」  部長であろう女の子が締めると、来場客はぞろぞろと帰って行った。  見送りを終え、全員が自分の荷物をまとめてホールへ集まると、簡単な総括をして鍵谷や他のスタッフが集められて、若々しい女の子達からの御礼を頂いた。  鍵谷からしてみれば、自分にもこんな時代があったなぁと遠い目をしたくなるほどに。 「あの、鍵谷さん」  皆が打ち上げに向かおうと出口を目指す中、一人の女子が鍵谷のもとへやってきた。  五人組ガールズバンド・[ろん]というバンドでボーカルをしているヒロだ。  粗削りながら、鍵谷の見立てでは歌唱力は部の中で一二を争うほどの子で、[chaive]で密かに注目している子の一人だ。  鍵谷が歌唱に関するアドバイスをしてから、ライブを[chaive]で開催した後には、一人勉強熱心に感想やアドバイスを聞きにやってくる。 「今日は、どうでしたか? 高音を思い切って出してみたんですが」 「うん、あの方がずっといいと思うよ。あとは緊張から脱出することと、堂々とすること。実力あるんだから、もっと自信持たないと」 「お世辞でもありがとうございます」  笑って自分の褒め言葉を流す彼女は、どうにも自分を過小評価しすぎている嫌いがある。  多分性格の問題なのだろうけど、聞く人が聞けば嫌味になってしまうだろう、少々心配する部分である。 「まぁあとは、魅せ方をもっと考えるべきとか歌い方が硬いとか、そんな程度かな。そこから抜けたら、もっと色々歌い方楽しめると思うよ」 「はい。…楽器は、相変わらず進歩ない気がしますが、そこは如何ですか?」 「……」  ヒロがそう言うのには訳があった。