Each Ⅲ
「どうかしましたか?」
「いや…なんでもないよ。それより、今度のキーワードライブ。曲は大丈夫そう?」
毎月あるキーワードを設けて行っている、オーナーの気まぐれが集約されたライブのことだ。
今月は、[ろん]を招待していたのだ。
それと、彼女たちの次に上手いと鍵谷が注目している同大学の六人組ガールズバンド[999(スリーナイン)]も招待している。
今回は女性ボーカルのみという縛りを設け、参加者のほとんどが女性に。
すべては鍵谷の気まぐれでなされたことである。
その話題を振った瞬間、ヒロは顔をしかめさせていた。
―――これは、まともに話が進んでいないってことかな。
「…無理やり納得させて曲を決めるところまではなんとか。練習が進んでいるかは知りませんが」
「そう、なら良かった」
失礼な話だが、そんなに話が進んでいるとは思っていなかった。
ライブの話を持ちかけたのは、二か月ほど前。
なんとなく外のライブを味わった方がいいと思い、ヒロを誘ってみたところ、目を輝かせて大喜びしていたのが記憶に新しい。
ただ、それをメンバーに相談したところ、あまりいい反応を貰えなかったようで、機嫌を損ねていた。
そこから如何にして参加までに至ったのかは、鍵谷の知るところではないが。
「練習をきちんとこなしていればいいのですが、スタジオ練習できるか不安しかありません。当日リハだけでは正直調整無理です」
「そりゃあね」
どれだけ上手いバンドでも、当日リハだけで完璧に仕上げると言うのは不可能に近いことだろう。
アマチュアの学生バンドなら余計に。
それを分かっているはずなのにスタジオを入れようとしないのは、多分ヒロに対する精一杯の抵抗か反抗か。
「とりあえず、料金と日時はこの間話した通り。何かあったらまた連絡するね」
「はい。今日はありがとうございました」
礼儀正しく頭を下げて礼を言った彼女を出口まで見送り、自分はホールの片付けを開始。
正直、あの部の形態とヒロの性格は真逆のものだ。
残っていても窮屈な思いをして、楽しくないバンドを続けるだけだ。
だったら退部して外でメンバーを探すのがいいのではないかと思うが、なかなかそれは難しいものがある。
今時インターネットでメンバー募集の掲示板を運営しているサイトなんていくらでもある。
ただ、それらのサイトに登録して記事を書いている人間全員が、真剣にバンド活動をしたいと思っているとは限らない。
出会い目的の輩だってゼロではないし、ヒロと同じような趣味を持ち、熱意を持った人間が、近くにいくらいるかと考えれば、そうそういるものではない。
メンバーが揃ったとしても、それから性格の不一致や音楽性の違いなど、色々と問題は生じてくる。
それでまた解散となってしまったら、それはそれでヒロが可哀そうだ。
今、質はどうであれ一応のメンバーが揃っていることを考えると、一からメンバーを揃え直さないといけない退部をするのには、なかなか勇気がいるだろう。
どっちにしても、苦労をするのは明白だ。
ここまで感情移入して考えてしまうのは、ヒロが自分と若干似ているからだろうか。
胸元で鈍く光る鍵を握り、鼻で笑うと、考えをやめてホールのモップがけを再開した