compatibility Ⅵ
流れてきた音楽は、自分たちのオリジナル曲だった。
作曲したのはナルミ、作詞したのはヨウだった。
ナルミの作ったスコアのギターパートを見て、初心者にやらせる曲じゃないんじゃないかと反発したが、「やる前から匙投げるのか」と言われ、負けず嫌いに火がついて啖呵を切ったことをよく覚えている。
この間の喧嘩の原因になった曲でもある。
何故これを今流すのか、鍵谷の意図が読めなかったが、それは歌が聞こえてきた瞬間に分かった。
全くと言っていいほど、この間とは違ったからだ。
あの時は本当に、歌わされている感覚が強くて、堅苦しく感じていたが、今流れているのは違う。
声に伸びがあるし、ビブラートも細かくて綺麗で、何より楽しそうだった。
一体ヨウが何をしたのか分からなかったが、ここまで上達していて何故彼はあの時ちゃんと歌わなかったのかと考えるとまたイラついた。
練習で手を抜いていたということではないのかと。
そう思っていてもずっと聴いていたいと思える歌に聴き惚れていると、鍵谷が歌を止めてユズキの元へやってきた。
「どう? ヨウ君の歌」
「すごいです…けど、あいつ練習で手ぇ抜いてたんですか?」
ストレートに疑問を投げかけてみると、鍵谷は首を横に振った。
「じゃあ、何で録音の時にこれが出来て、練習でできないんですか」
声が荒くなりそうなのを抑えて、鍵谷に尋ねてみると、彼女は鼻で笑った。
「ヨウ君って、緊張しいじゃない?」
質問に質問を返してきたことにむっとしたが、何か意図があるのだろうと納得してその問いに答える。
「確かに…異常なほど緊張しますね。ライブ前とか特に」
事実、ヨウは大丈夫かと思うくらいに緊張しいだ。
ライブが決まれば本番の二日前から胃が痛いと言い出し、本番当日には嘔吐することもしばしばで。
胃が弱っているからと、当日は食事をろくに摂らず、ゼリー飲料か水しか口に含まない。
それほどに緊張しやすい性格ではある。
そのくせ、本番でははっちゃけまくってアレンジ入れて楽器体を困らせる始末だが。
「ヨウ君ね、練習とかでも緊張する性質(たち)みたいでさ。歌に硬さがあるのはそのせい。良いように言い換えれば、練習でも緊張感持ってるっていうこと」
「呆れてものが言えませんね」
正直、そこまで緊張しやすいのなら、メンバー内だけでも言っておいてくれればよかったのに。
そう思って深い溜息を吐いたユズキに、鍵谷は苦笑いを浮かべて話を続けた。
「ヨウ君ね、昨日私に電話してきたの。自分の歌を録音させてくださいって。彼自身、自分の歌が硬いことには気づいてたみたいだった。ただ、それを言うのが恥ずかしかったんだろうね、ボーカルっていう役職から」
「どういう意味ですか?」
「だって、ボーカルってバンドの顔でしょ? それが練習まで緊張するような緊張しいだって分かったら、メンバーとしてどう思うか想像してご覧」
「…あぁ、なるほど」
確かに、ヨウのライブまでの流れは、練習を普通にやり、本番前に緊張でおかしくなり、本番で練習以上の歌を披露するというサイクルでボーカルをやってきた。
そのことに関して、誰もが異を唱えず今までやってきたのは、ヨウが、本番には強い性格だと思っていたからだ。
けれどそれがもし、練習まで緊張して固くなるような奴だと分かったら。
本番のそれもただの開き直りにしか見えなくなってしまい、一抹の不安を抱えながら演奏することになる。
今まではなかったにしろ、本番中に緊張で倒れたらどうしようとか、おかしくなって危険行為と言われるダイブでもし出したらどうしようとか…。
今挙げたのは極論かもしれないが、不安が頭の片隅にある状態で演奏することに変わりはないし、それはなかなかに厳しいものがある。
ボーカルはバンドの顔だ、ボーカルに対して不安があるままライブに臨めば、楽器体を不安にさせてしまうだろう。
不安は伝染する。
それを分かって、ヨウは今まで練習での緊張をごまかしていたのだろう。
「じゃあ、こないだの歌は? 今までバレなかったのに、突然露見しましたよ」
「まぁ、それは当人の問題じゃない? ストレスとか」
「あぁ…」
なんだ、結局ヨウも自分と同じだったのだ。
家の事情とか自分の性格とか、そういうものに雁字搦めになってストレスを溜め込んでいたのか。