compatibility Ⅶ
「でも、オーナーよく分かりましたね、ヨウの歌の硬さ。最初の頃から気付いてたんですよね?」
「まぁね。これでもオーナーやってるし。私自身そうだったから」
鍵の形をしたペンダントトップをいじりながら答える鍵谷は、どこか憂いを帯びていた。
これ以上は聞いてはいけない、なんとなくそう感じた。
「それと、ヨウ君。ちゃんとユズキちゃんの努力分かってたよ」
「へ?」
突然明かされた衝撃の事実に、そんな間抜けな声しか出てこなかった。
「左手の指。練習沢山やってるのが分かるよ。ナルミ君でも知ってたよ」
弦を押さえる左手の指は、やっているうちにどんどん指の皮膚が硬くなっていく。
多分そこを見抜かれたのだろう。
「意外と痛いんですよね、皮膚が硬くなるまで」
「うん。でもユズキちゃん、我慢してずっとやってたでしょ」
「はい。水膨れできたり皮むけたりしました」
「うーん…努力は認めるけど、あんまりお勧めしないかな」
鍵谷が苦笑いで頬を掻きながら言ったことに、愕然とした。
なんだか今までやってきたことが無駄みたいじゃないか。
「ユズキちゃんの努力はすごいと思うよ? でも、初心者がギターで挫折する理由の一つは、指の痛みが意外と多いんだよね」
「あれくらい我慢すればいいのに…」
正直、我慢できないほどの痛みじゃないと思った。
だから別に、皮がむけてもこれが必要なんだと思っていた。
皮膚が硬くなれば楽になると聞いていたし、ある意味ゴールが見えていたから我慢する意味もあったと思っている。
「効率よくかつ我慢しなくてもいい練習は、左右の手を交互に練習させること。左が痛くなったら右、痛くなくなったら左の練習…っていう繰り返し。あと、深爪にならない程度に爪は切っておくべきだね。エレキはまだいいけど、アコギは特に爪切るのが大事だから」
「その練習法、もっと早く言ってくださいよ…」
「聞かれなかったもん」
いたずらっ子のように笑う鍵谷に、怒る気なんてさらさらなくて、質問しなかった自分の落ち度だということで納得した。
今後に生かせばいいだけのことだ。
自分のことにはそういう風に納得がいったが、ヨウのことにはまだ納得できなかった。
「ヨウ君の歌に関しては、まだ納得がいかないのかな?」
「理解はしましたが納得はしてません」
「あら、それはどうして?」
分かっていながら聞かれているようでなんだか少しだけイラついたけれど、今はそれよりイラつくことがあった。
「あいつが緊張するのは性格の問題なんで、仕方ないとは思います。けど、それってある意味、私ら楽器体を信頼してないってことですよね」
ユズキの問いかけに、鍵谷は無反応。
ただユズキの言葉に耳を傾けているだけだった。
「ボーカルを支えるのが私たち楽器の役目だと私は思っています。いくら緊張しいでも、全幅の信頼を寄せる楽器体が後ろにいれば、どんな状況でも大丈夫っていう自信ができるはずです。それが出来ないってことは、私たちの実力不足なのかもしれません。けどですね…」
鍵谷はユズキの言葉を興味深そうに聞いていた。
ユズキはユズキで、鍵谷の反応に手ごたえを感じていた。
「けど…私ら三人を後ろにつけといて、信頼できないなんて贅沢にもほどがあります!」
そう言った瞬間、鍵谷が爆笑した。
人が真剣に話をしているのに何だこの人はと思ったら、ごめんというポーズをとっていた。
「あー…ゴメンゴメン。すっごい自信と思って。そっから先は本人に言ってやった方がいいんじゃない?」
「本人?」
鍵谷の言葉に聞き返したと同時に、ホールの出入り口から、[carat]の顔が